「何かを作りたくなる気持ち」を取り戻したくなる映画『Minecraft』ネタバレ無しレビュー
四角い世界って、なんでこんなに安心するんだろう。
角ばっていて、ありえない景色なのに、「これはゲームです」って最初から名乗ってくれているぶん、現実よりよっぽど優しい気がする。
再生ボタンを押したとき、わたしの期待値は正直そんなに高くなかった。「マイクラの実写映画? 大丈夫かそれ……」くらいの温度感。あの世界って、自分で遊んでこそ楽しいものであって、物語を「見せられる」タイプじゃないだろう、とどこかで決めつけてた。
で、結論から言うと。
ちゃんと映画として成立していて、ちゃんと「マイクラ」してた。しかも、思ってたよりずっと、優しかった。
まずね、見た目が気持ちいい。
あのブロックだらけの世界が、ただのファンアートじゃなくて、ちゃんと映画の画として立ち上がってくる。空も海も木も、ぜんぶ四角いはずなのに、光の当たり方がリアルだから、どこかの国に実在していてもおかしくない感じがする。
ゲーム画面そのままです!、っていう安易さじゃなくて、現実のカメラが、たまたまマイクラ世界に迷い込んじゃった、みたいな質感。
このバランス取りは、想像以上にうまかった。
そこに、ジャック・ブラックのあの濃いテンションがドンと乗ってくる。
彼が演じる「スティーブ」は、ゲームの中で無言でブロックを壊していたあの人とは別人なんだけど、「ああ、もしスティーブがしゃべったら、確かにこんな感じで騒がしいかもな」と妙に納得させられる。
なんかずっと楽しそうに生きてて、でもところどころ寂しそうで、そのアンバランスさが心地いい。
そして横で、ジェイソン・モモアのデカい男エネルギーが暴れている。
この二人が同じ画面にいるだけで、画面の情報量が一気に多くなるのに、その後ろでせっせとブロックが積まれていくから、視覚的にはほぼお祭り状態。
肝心の物語は、予告や配信ページの説明にもある通り、「現実世界の人間たちがマイクラ世界に放り込まれる」タイプのやつ。ここまではネタバレじゃないと思うから書くけど、この異世界転送の雑さがちょうど良かった。
ちゃんとしたSF設定で理屈を積まれるよりも、「いや、そうはならんだろ」ってツッコミを飲み込みながら、そのまま連れていかれる感じ。
夢の中で、気づいたら知らない場所に立ってた、みたいな飛躍。
で、そこから先は、あの世界の「ルール」に慣れていく過程を、一緒に追いかける感覚で見せてくれる。
ハートが減るとか、ベッドで寝るとか、食べて回復するとか、ゲームを遊んだことがある人なら「あーそれね!」と即座に分かるし、知らなくても「なんか変な決まりのある世界なんだな」で付いていける。
ここで面白かったのは、「ゲームを知ってる客だけを甘やかして終わり」になってないところ。
マイクラを全く触ったことがない人にも、ルール説明がちゃんと物語の一部として差し込まれていて、チュートリアルを見せられてる感じがほとんどしない。
あと、この映画、バカバカしさのさじ加減がうまい。
「うわ、完全にネタに振り切ったな」と笑える場面もあれば、急にまっすぐな友情とか、家族の話をぶつけてきて、こっちの心拍数を少しだけ上げてくる瞬間もある。
深い哲学を語ろうとしてるわけじゃない。
でも、「ブロックで出来た世界のほうが、むしろ自分の心に素直になれることってあるよね」という、ゲーマーにはよく分かりすぎる感覚を、やさしく撫でてくれる。
わたしは、現実で自分の人生をうまく積み上げられなかった日の夜に、ゲームの街を黙々と作り直したことが何度もある。
消したり、積んだり、やり直したり。それだけの行為でちょっとだけ救われるあの感じ。
『Minecraft』の映画版は、その気持ちを「分かるよ」と言葉にしてくれた、というより、四角い夕日の光でそっと示してくれた、そんな感じがした。
この映画のいちばん良かったところ──わたしは「創造することの怖さ」と「楽しさ」を、どっちもちゃんと描いていた点だと思ってる。
マイクラって、ただのゲームじゃない。
何かを作りたい気持ちと、何も作れない気持ちの両方を、容赦なく可視化してくる場所だ。
材料があっても、設計図があっても、なぜか手が動かない日がある。
逆に、眠る時間を忘れるくらいの勢いでひたすら建築したくなる日もある。
『Minecraft』の映画は、その振れ幅を、キャラクターたちの感情に重ねて見せてくる。
誰も完全じゃなくて、誰も完璧じゃなくて、だからこそ「創る」という行為に意味が生まれる、みたいな空気がずっと流れてる。
それから、この映画は「子ども向け」の看板を掲げつつ、大人が見たら妙に胸に刺さる瞬間を平気で仕込んでくる。
たとえばさ、何かを守ろうとして必死になって、でもうまく伝わらなくて、結果だけ見たら「空回り」してるように見えるシーンがあるんだけど。
あれ、完全に大人の痛みなんだよ。
子どもなら「頑張ったね」で全部丸くなるかもしれないけど、大人になると、「頑張ったね」の後ろに、「でも君の頑張りじゃ届かなかったんだよね」が透けて見える。
それが寂しいし、でも否定したらもっと苦しいし、どうしようもない時間がある。
映画はそれを、大きな爆発でも、説教じみた台詞でもなく、「ブロックが壊れる音」で淡々と伝えてくる。
この静けさの使い方は、ほんとうに上手かった。
で、もうひとつ触れておきたいのが、ゲームのルールが人生のメタファー(比喩)になる瞬間。
ベッドで寝ればリスポーン地点が変わる。
食べれば回復する。
暗い場所にいると敵が湧く。
この3つって、わりとそのまま人生でも通用する気がする。
ちゃんと休む場所を整えた日は機嫌がいいし、ちゃんと食べた日は前向きになれるし、光のないところばかりにいると、心の中の敵が勝手に増えてくる。
映画を観ながら、「この世界って、現実よりよっぽど正直だな」と思った。
ルールが見えていて、無茶も少ない。
人生って、もっとバグったりフリーズしたりするくせに、誰もパッチを配信してくれないから。
だからこそ、四角い世界の誠実さが沁みるのかもしれない。
そして、わたしがいちばん好きだったのは、終盤に向かうにつれて、キャラクターたちが自分の役割に気づき始めるところだ。
マイクラって、プレイヤーごとに「得意分野」が違う。
戦うのが好きな人、建築だけしたい人、畑を広げたい人、ひとりで洞窟に潜って鉱石だけ持ち帰る人。
映画の登場人物たちも、まさにその分かれ道の上にいる。
誰かが誰かを助ける必要があって、誰かは誰かの背中を押すだけで良くて、誰かはただ笑ってそこにいるだけで充分で。
その役割の自然さが、見ていて気持ちいい。
「わたしはこれでいいんだ」と思わせてくれる描き方が、すごく優しい。
たぶんこの映画が伝えたかったのは、「自分の世界は、自分で作れる」という真っ直ぐなメッセージなんだと思う。
それはゲームなら当たり前のことだけど、現実で言われると急に難しくなる言葉でもある。
でも、この映画はその距離をグッと縮めてくれる。
材料はいつも揃っていない。
夜は長くて、ゾンビみたいな日もある。
けれど、朝になれば光が差して、またブロックを積み上げればいい。
そんな当たり前のことを、四角い太陽の光で思い出させてくれる作品だった。
***
総評としてはね──「マイクラを遊んでいない人でも楽しめる、ただし遊んだことがある人は倍響く」タイプの映画。
わたしは観終わったあと、久しぶりにゲームの世界にもどりたくなった。
何かを作りたいというより、「何かを作りたくなる気持ち」を取り戻したくなった、という感じ。
その気持ちって、意外と大事で。
人生のどこかで失くしてしまうと、一気に心がしぼむ。
でも、こういう映画が、それをそっと拾い上げてくれる。
『Minecraft』は、わたしにとってそんな一本だった。
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